| 2004.9.30 wed |
| ちょっ
と当分お酒飲みたくない。 何日持つかな。 |
| 2004.9.28 tue エロティックな夢を見て起きた。 欲求不満。性的な意味でね。 |
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銀座で飲みました。ワイン一本、ビール二杯、水割り二杯。 かなり酔っ払ってタクシーで家まで帰ったのでした。 そんなバブルの絶頂期のOLみたいなことをしちゃって二日酔い。 この間は、前のバイト先の飲み会だったんだけど、あまり楽しめなくて、いやだった。 飲み会って、楽しんだもんがちだから、いつも楽しむ努力をしてるんだけど、なんでか努力できなかったんだよね。これは、飲み会が悪いんじゃなくて、私が 悪い。 「つまんない」というのは、つまんながっている自分が悪いんだ。絶対楽しみ方ってあるんだもん。つまんないって言うくらいなら、そういう場所に顔を出して はいけない。楽しんでいる人に、この上ない失礼だから。 人生って、悲観的になる要素がてんこ盛りで、悲しいこととか、辛いことなんて一歩歩けば三発くらい食らうもんだから、やっぱり気の持ちようって大事。 マインドコントロール。 何に対しても100パーセントだったら疲れちゃうけど、でも、楽しむことに関してはいつでも120パーセントを出して誰よりも楽しまなくっちゃ。 物怖じしないで、遠慮もしないで、がつがつ経験して、楽しんで、全部自分の肥やしになればいいな。 そういう意味では、銀座で飲めたのは、本当にいい経験だった。だって自分ひとりじゃ絶対に出来ないもの。フランス料理食べた後に、老舗のスナックに行く なんて、贅沢なことをさせてくれたSさんに感謝です。 でも、たまには、やっぱり一人になんなきゃ。人と酒におぼれてしまっては、自分自身を見失ってしまう。そんな危機感も感じたのでした。 さてと、今日は学校だ。ふらふらだけど、ちゃんとメイクして、やる気出していってくんぞ! |
| 2004.9.26 sun 秋刀魚 |
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今日は、秋刀魚を食べました。家族三人で、お母さんの話をしながら、秋の香りに包まれて、幸せでした。 おいしいものを食べると元気になるよね、なんていいながら。 結局、家族の問題って、家族の間でしか解決できない。家族のうちの誰かがいなくなったら、残されたもの同士で、乗り越えていくのが一番やりやすいし、心 地よい。 喧嘩をしながら、笑い、時には泣きながら、三人で一歩一歩ゆっくり歩いている。 こういう家族関係を築けたのはやっぱり故人である母の力によるものだ。 死から、日が経つにつれ、母の偉大さが身にしみる。優しい笑顔に会いたくなる。 がんばんなきゃがんばんなきゃって呪文のように唱えているけど、そうでもしないときっとだめになっちゃう。 そうやってゆっくりなんとか生きている。 でも、それが母の願いだし、これまで母が作り上げた家族というものに対する感謝なのだ。 どたばたと食事の用意をして、母の話で盛り上がっている私たちをみて、母は、あの頬骨の高い笑顔で、にこにこ笑っているんだろうな。 会いたいなぁ。 |
| 2004.9.25 sat 映画デート☆ |
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『誰も知らない』を観た。 うまく言葉に表現できない自分がすごくしゃくなんだけど、とにかくよかったんだよ。一見の価値あり。 映像も音も子どもたちの演技もすごくきれいで、きらきらまぶしくて、いわゆる「泣かせるシーン」というのは無いんだけど、ずっとうるうるしていた。 エンディングロールが流れた瞬間に、ぶぁっと涙が流れてきて、その涙はとても熱かった。 かなりひどい事件を題材にした映画なのに、誰も悪くない。正義なんて無い。そこには、ただひたすら生きることの美しさが描かれていた。そして、思春期に 入りかけている男の子(柳楽くん)の葛藤が見事に演じられていて、ああ!思い出すだけで・・・ぐっときてしまう。 見終わった後までもひきずる映画。この映画を観てしまうと、「泣かせようとする」感動が売りの映画を観ても、きっと泣けない。 この間、『華氏911』も観にいったんだけど、これもよかったよ。私にとっては少し難しい部分もあったけどね。 二作品はぜんぜん別物だけどさ、どちらも自分の中の問題意識を高めてくれる、意味のある映画でした。 ああ!自分の言葉のたらなさにいらいらするわ。 |
| 2004.9.24 fri モトカレ |
| モトカレというのは存在自体がせつない。 ふったとかふられたとか、今の自分に好きな人がいるとかいないとか全部ぬきだ。 一度はものすごく惚れた相手だから、別れたってどこか好きな部分は絶対にある。 「この人のこういうところ好きだったな。」 「相変わらず、こんなこと言ってるんだ。」 「なんか変わったな。」 「あ、指輪してる。」 そういうことすべてがなんだか苦しい。 どんなに切ながっても、もう戻るつもりもなければ、きっと戻ってもうまくいかないってわかっている。 でも、すごくわがままだけど、モトカレがきらきらしていると、いたたまれなくなる。 どこかで、自分より幸せになってほしくない、なんてひどいことを思っているし、彼女が出来たとか、好きな子がいるなんて話を聞いちゃったらやるせない。 でもさ、実際例えば自分には好きな人がいたり、新しい彼氏がいたり、毎日きらきら生きているはずなのに。 ここまで書いて、読み直して、私やっぱりひどいこと言っているな、って思う。わかっているんだ。わかっているんだけど、しょうがないのよ。だって、私が 王様だもん(?)。 というのは言いすぎだけど、結局は自分が一番可愛いもの。 会いたいような、でもやっぱ会いたくない人。これがモトカレ。 |
| 2004.9.22 wed 金井君 |
| 鶴川駅から新百合ヶ丘駅まで、相棒と散歩した。 話は尽きることなく、四キロ以上はある道のりも短いくらいに感じた。 セックスの話から、高校時代の自分のこと、女であるとはなんなのか、男は女をどううけとめているのか、そんなことを、主に私がべらべら話した。相棒は、 真剣に、時にはおどけながら、的確な相槌を打つ。なんでもないひと時のようで、私にとってはいろんなことを発見できる瞬間だ。素朴で、飾り気の無い質問 は、ぐちゃぐちゃ考えている私に目を覚まさせてくれるし、絶対に(なんてことはないんだけど)間違いない!と思っている私の考えに、「へえ」とか、「なる ほどね」なんて返答をしてくれると、やる気が出るし、自信がつく。 話を聞くことが上手な男は、それだけで魅力的だ。だから、相棒は女から好かれるし、付き合っている人も、かなり素敵な女性なのだ。 時々、馬鹿みたいなミスをすることもあるけど、うけとめて、反省して、廃れない。 やっぱりいい男。そんなやつが相棒だという事実は、それだけで幸福だ。 私は、なんで自分に自信を持つことができるようになったのかって、やっぱ周りにいる人がすっげーからだろうな、と思った。 すっげー人にこれからも出会えるように、気高く、柔軟に生きていこう。 (すっげー人、と言えば、わが大学のルポルタージュ研究ゼミ生には一部、かなりすっげー人がい る。足元にも及ばないくらい。どのくらい面白いか、うまく書けるかわからないけど、今度、彼らに許可をとってもらってここにいろいろ書いてみたいな、と思 う。) トライ! |
| 2004.9.21 tue |
| 今日から学校だ。 しょっぱなからゼミと言うのはかなりやる気が出る。 先生にもいっぱい相談したいことがあるし、会いたい人もたくさんいるし、なにより、同年代の人がいっぱいいるとこに行くのは、それだけで刺激! でも、実際は、この間、相棒の金井君に会ったときに、今日から学校だと言うことを知ったのでした。来週からだと思ってたんだよね。 だから、嬉しいことが一週間繰り上がってきた感じがしてよけい楽しみなんです。 子どもの時から変わらないのは、いいことがある日は早起きをしてしまうということ。今日も六時に起きちゃった。 ただいま、朝の八時ですが、そろそろ出かけようかな。 近くの喫茶店で勉強してから学校に行こう。 「早起きは三文の徳」も、自分次第。 |
| 2004.9.19 sun るんるん |
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昨日は、喫茶店で一服して、髪型を変えて、洋服を買った。 身も心も充実した美しい女になるために、時には外見のためにお金を使い、そして一人でいろいろ考える時間を持つことはやっぱり必要だな、と思った。 これまで付き合ったすべての人と、私を思いっきりふりやがった十何人の男(これは片思いね。)が、私に好かれた事実を幸せに思うくらいいい女になりたい な、と思う。 この間、電車の中で男子高校生が、「女はみかけだ。男は中身」なんて言ってて笑っちゃった。「確かに」なんてひそかにうなづいた。 でも、女も男も、ある程度はきれいにして、見栄えをよくする意識を持つべき。自分の見かけの心配をしなくなったら終わりだな。 それと共に、見た目だけのアッパラパーになんないように、感受性を育て、知識や教養に貪欲でありたいわけで。どっちもいい感じに持てる人になりたいもの です。 それと!どんな風になっても、人を見下したくない。それは、私の一番嫌うタイプの人間だからかな。どんなにかっこよくても、見下された時点でげんなりす る。何様だよ、と。 誰よりも自分自身に自信を持ちたいとは思うけど、人を上から眺めるようにはなりたくない。 でもさ、こうありたくないって思うことって、意外と無意識でやってたりするから怖いです。 いろんな意味で、きちんと意識的に行動、思考したい。 |
| 2004.9.18 sat WANT TO |
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私の言う、「大丈夫。」って言葉は人を不安にさせるのかな?
でもね。大丈夫って言うと、本当に大丈夫なような気になるから不思 議なんだよ。 めそめそしたり立ち止まったりは、いつでも出来るの。でも、私に とっては今じゃないんだ。 だから、「大丈夫」って言う私の言葉を嘘でもいいから信じてほし い。 きっとね、大丈夫じゃない時って、電話にでも出ないし、メールも返 さないし、一人になっているんだと思う。 だから、私が笑っているときは、疑わないで。疑われると、なんだか 自分がどういう顔をしていいかわからなくなるから。 普通にいつもどおりに、私のこと小突いたり、ばかばかしいボケをか ましてくれる、それが一番楽なんだよ。 それが友達に対するメッセージ。 でもさ、やっかいなことに、好きな人にはそれを求めていないんだよ ね。異常なくらい過保護に心配してほしいし、抱きしめてほしいし、一緒に泣いてほしいし、ほっておいてほしくないんだ。 ・・・ん? 私は人に求めすぎなんかな? 人に求めるほど、私は何を与えてあげられているのかな。 ギブアンドテイクとはよく言ったものだ。 こうして欲しい、ああして欲しい、ばっかりじゃ、だめじゃんね!! でも、それだけ、私の思いを受け止めてくれる人が身近にいるということは本当に幸せなことです。 甘んじないように、魂が枯れる前に、私からも、たくさんの愛をあげ られるといいな。 |
| 2004.9.17 fri THE KOIZUMI |
[サ
ンパウロ 15日 ロイター] ブラジル訪問中の小泉首相は15日、サンパウロ市内で地元日系人の会合で挨拶し、感極まって涙ぐむ場面があった。(ロイ
ター)![]() ほんと申し訳ないんだけど、爆笑しちゃった。 |
| 2004.9.15 wed こんな日も |
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空が青いと悲しくなる。 会いたくなる。 会って、話して、笑って、ちょっとしんみりして。歩いたり、走ったり、ドライブしたり。オープンカフェでお茶したり、買い物に付き合ったり。 秋の風はぽっかりと空いた心の穴に、入り込んできて、きゅーっとしめつける。 こういうときはあまりよくない。家でじっとしてるとだらだらしちゃうし、誰かに頼ると頼り切っちゃうから。 うーん。どうしよう。髪でも切ろうかしら。 |
| 2004.9.14 tue 募集!! |
| 新しい作品は、セックスがテーマだ。 セックスと言っても、やるとかやらないとかやりたいとかそういう話だけではなく、これまでの人生、性とどう向き合ってきたか、性をどう捉えているか、と いうのがメインテーマだ。 最初は、女性だけに聞こうと思っていたが、やはり性の問題は男抜きでは考えられないと思いなおし、ここ半月ほど、何人かの男性に取材をしている。 それが、毎回刺激的で面白い。普段馬鹿な話で盛り上がっている友達や、どんなことを考えているかわからなかった男の子が垣間見せる本音が、取材をしてい る上で活力になる。 女は男を、男は女をどこかで誤解しているような気がする。理想からくる理解のなさというものもあると思う。 デートをしても、キスをしても、体を絡め合わせようとも、うまくいかない。逆に、どんなに合わなくても、なぜか離れられない。それが男と女と面白さでは ないか、と思う。(男女の関係・・・性の対象者との関係としたほ うがいいのだろうか?) いまや、セックスは、コミュニケーションの一部であることは否めな いし、男女が言葉の範囲を超えてシンクロすることの素晴らしさだってわかる。 でも、古臭いかもしれないけど、私はあえて、「言葉」を使ってセックスに挑戦する。 それは、「セックスとはなんぞや」なんていう意味の無い問いかけではなく、人の生き様、多種多様の考え方を否定することなく伝えるということが目的なの だと思う。 ここで、コレを読んでいる皆様に、お願いがあります。 「セックス」について語りたい人は、ぜひぜひ私にご 一報いただきたいのです。あなた、あるいは友達でもかまいません。 話すと意外と頭の中でまとまっていくものです。きっ と、話す作業は楽しいものになると思います。 また、取材相手の募集と共に、セックスについて考え るところがありましたら、私までメールをください。作品の参考にさせていただきたいと思います。(akkikko_laugh@yahoo.co.jp) |
| 2004.9.11 sat 春樹さん |
| 村上春樹の最新作、「アフターダーク」(講談社1400円)を読んだ。(読みたいと思っている
人は、以後の文章を作品を読んでから読んだほうがいいかも。) 19歳の女の子が主人公だ。夜中から朝方まで、約六時間の物語で、中心となる場所は、繁華街。そこで、主人公が出会う人や事件と、心の闇やとげを、カメ ラのようなものが追う、という設定になっている。そのカメラは、主人公の姉のいる奇妙な空間や、物語のキーパーソン(なのかなぁ?)の様子を映し出したり もする。 人物、状況の詳細な描写と、会話のリズムの良さは、相変わらず健在で、夢中になって一気に読み終えた。とても映像的で、使われる言葉もわかりやすいの に、どこか抽象的で、読後思わず首を傾げてしまう。言ってしまえば、何がいいたいんだか私にはさっぱりわからなかったし、苛立ちさえ感じた。 基本的に村上作品って、「なにがいいたいんだろう」と考えさせてくる作品が多いから、今更なんだ、と言われそうだが、今回は、考えるためのきっかけにな るものすら見つけられなかった。 それに、19歳の女子って、私にとっては遠い世界のことではないし、主人公と同じで私にも姉がいる。それでも共感できる部分はあまり無かったし、言葉ば かりが上滑りしていると言う印象を受けた。 「新しい小説世界に向かう村上春樹」と帯に書いてある。これからどうなっていくんだろう。私の村上熱が冷めてしまうのはなんだかとても寂しいことだ。 それでも、村上春樹が私に与えた影響って健在だから、文句を言いながらもまた次の作品に期待をしているのも事実なのです。 |
| 2004.9.7 tue 偉大なる母 |
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これから日記を書いていく上でたぶんはずせないことになると思うので、書こうと思う。 九月二日の朝に母が亡くなった。15年間、病院に通ったり、時には入院したりしていたが、最後の一ヶ月は、自宅で生活をした。家事も、歩くことさえも最 後には出来なくなっていたが、意識はしっかりしていたし、亡くなる日の朝まで、姉の作ったご飯をしっかり食べた。 一日に、病院に行った時、母の体は、病院の先生が焦るくらい、末期の状態だった。それなのに、話すことも出来たし、泣いている私たちを励ますくらい本当 に本当にしっかりしていた。 まさかこんなに早くばたばたと逝ってしまうとは思わなかった。でも、母は、自分の中で覚悟を決めて、かっこよくこの世を去った。静かに、眠るように息を 引き取ったと、父は言った。 あまりに潔くて、きれいで、母らしくて、悔しいけど、飲み込むしかない。 でも、なんだか、今こうやって文章を書いていても、母が隣にいるような気がして、振り向いたら、笑っているような気がする。実感とやらはまったくわく気 配がない。 不思議と私は元気だ。もっとぐちゃぐちゃになってしまうような気がしていたのに、ご飯だってちゃんと食べているし、睡眠だってちゃんととっている。姉 と、母の話をして爆笑することさえあるのだ。 気付いたら、もう5日も経っていて、昨日のことのようで、去年のことのようでもある。 こんな感じで、日は過ぎて、私は成長していくのだろう。母を残して。 でも、私の心の中に、本当にちゃんと母はいる。現実の世界ではなく、母を想うすべての人の中に生きている。 笑ったり、励ましたり、叱ったりしてくれるんだ。 それがすごく心強い。だから、顔を上げて前を向くことが出来るんだと思う。 最後に母としゃべった時、「がんばってね。」と言われた。 母の願いはきっとかなえる。それが、残されたもののやるべきことなのかもしれない。 |