| 2004.7.26 どんなにずるい手を使っても手に入れたいものがあ る。 それはとても幸せなことで、危険なことだ。 |
| 早
起きをして、植木に水をあげていたら、ふと顔をあげるとそこには虹があった。大きな虹で、家の前にある小山をまたいでぼんやり浮かんでいた。手を休めて、
朝食を作る姉に、「虹だよ」と半ば興奮しながら言うと、姉は、顔を輝かせて、「ほんとだ!」と答えた。 その姉の屈託のない笑顔を見てなんだか元気になった。 自然にはそういう力がある。 人の心の中にある意地悪な、汚い部分をねこぞぎ落とすような、その人の本来持つなににも犯されない場所を映してくれるようなパワーだ。 自然のパワーを受けて、きらりと光る人は、人に光を与え、元気にさせる。 うん。悪くない。月曜日の始まりがこうだと、一週間がんばれるようなきがする。 |
| 2004.7.24 連歌風しりとり |
| ア
イス スイカ カキ氷 リンリン 風鈴 鈴虫 みーんみーん 海 水着 水浴び ビール 汗 蝉 ひと夏 恋 花火 燃えるような 今年こそは あれもこれも ビキニ |
| 2004.7.21 |
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今日、車を運転していたら、高校生くらいのカップルが、自転車の二人乗りをして、私の前をすっと過ぎていった。 後ろに乗っている女の子は花火らしきものを抱えていて、体中から、「わくわく」というオーラを発していた。 それを見ていたら、「老いること」への恐怖が生まれてしまった。 「二人乗りで信号無視してはしゃいで、毎日がきらきらしていて、暇であることに意味があって、楽しいことしか考えないで生きていられたらなんていいんだろ う。今の私は、「二人乗りしてはしゃぐ」ことしかできなくて、それも成長すると共にきっとできなくなっていって、つまり、大人になればなるほど責任の伴わ ない自由はなくなっていくわけで、そうなると、行動がおのずと制限され、ぐんぐんとか、めきめきって言葉から遠ざかっていくんだろうな。そんなのやだな。 あーこのまま時が止まってしまえばいいのに!」 こんなことを考え出したら、止まんなくなって。いつでも「今」が楽しいって思って生きていたから、そこから離れていくのが怖いんだろうと思う。今の私は 完全にモラトリアムの中でもがいていて、そこから抜けようともしないし、かといって元いた場所に戻れるわけでもない。 そんな悶々とした気分がそうさせたのかもしれない。 でもさ、きっと大人になればなるほど、いろんなことを見て、知って、味わっていくってことは幸せなことで、楽しいことでもあるんだ。 確かに、 無邪気であることとか、純粋であることは不可能になっていくけど、それを完全に失わないためにも、今は、感受性を育てるのだ。 「本を読むことは、知識を得ることじゃない。感受性を育てることなんだ。」といつか誰かが言ってくれたのを励みに、本からはなれずに生きていきたい。 自転車の二人乗りができなくなっても、恋人や友達といる時に生まれる昂揚した気分を感じられるように。 結局は自分で自分を上げていくしかない。アゲチンな男を捕まえるよりずっとラクだ。 怖がらないで、人に合わせないで、ゆっくり、私の人生を歩んでいきたいものだね。 |
| 2004.7.19 |
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母
のお見舞いには父と二人、車で行く。渋滞していなければうちから一時間弱で着く病院だ。だいたい午後一番で家を出るから、一日のうちでもっとも暑い時に運
転することになる。右腕だけ日焼けすることを少し気にしながら、クーラーをつけて走る。父は、マニアックな道が好きで、くねくねした細い道をリズムよく通
り抜ける。私はまだそんなに運転になれていないから、出来れば大きな道をマニュアルどおりに走っていたいのだが、父は得意げに裏道ガイドをするので、今年
の夏はいやでも裏道に強くなりそうだ。 私は今年で免許を取って三年になる。二週間の合宿で、鳥取の田舎道をコースとして練習したから、神奈川に帰ってきて、父を横に乗せて運転したら、びっく り していた。「お前そんなんでよく免許とれたな。」と。もともと心配性で口うるさい父だから、隣に乗せて走るのは正直すっごくいやだったけど、そうでもしな いと運転させてくれなかったから、我慢して練習した。そして、三年経って、ようやく助手席からの苦言も少なくなりつつある。ま、少なくなりつつあるって言 うのがポイントなんだけどね。 父は、免許をとって五年だ。四十代後半になってとったっていう珍しい人だ。机の前で本と辞書とコンピューターにはさまれて生きてきた人だから、車なんて 全 然興味なかったのに、免許を取ったとたん、はまってしまって、今では車に乗らない日はない。彼の唯一のストレス解消法なのかもしれない。車の話をすると、 食いついてくる。一度何かにはまると徹底的やりたいのが彼の特徴で、職業柄なのか、性格なのか、結婚した母という人は大変な人生を 歩んだんだろうな、と思う。父のことはもちろん好きだし、尊敬だってしているけど、理想のタイプの男性は、父から遠く離れている人。父とま逆の人。頭が良 くなくていいから、優しくて、亭主関白じゃない人。 私は、父似だから、母みたいな男がいいのかもね。やっぱ、両親からの影響っておおきいなぁ。 そうそう、何が書きたかったっていうと、実は今日、これから、一人で病院に行くんです。うるさい父を置いて、一人で運転なのよ。好きな音楽をがんがんか け て、(父は、クラシックとかジャズを静かにかけていたいのよ) 大きな道をゆっくり走ろうっと。それが楽しみ。でも、父から教えてもらったマニアック街道をちょっと走ってみたい気もする。どうしようかな。 |
| 2004.7.18 |
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毎週土曜日、彼と焼き肉を食べる。 最初は決まってビールで乾いたのどを潤し、暑かったね、なんてなんの飾り気もない言葉を言い合う。 注文は焼肉に慣れている彼(友達とよく行くから)に任せて、まだ明るい空に映えるビールの色に見惚れる。 一日の汗でべとついた体も心地よく感じられる。 七輪が目の前に置かれ、熱風にどきどきする。つまみは、キムチの時もあれば、キャベツの盛り合わせだったり、チョレギサラダだったりもする。野菜の好き な彼と私は、しゃりしゃり音をたててぱくつく。それでもきれいに盛り付けられた肉がやってくるとテンションは急速にあがっていく。 「肉を食べると元気になるから、いっぱい食べなよ」なんて言いながら、肉を載せてくれるくせにすぐ焦がして私に怒られる。 いやなことがあっても、不満があっても、むかついていても、この時間は犯されないから元気になる。 ライスの特盛りを勢いよく、丁寧に食べる男の子を見ていると、憧れてしまう。そして、「もっとお食べ」という母性本能(なのか)が、自分の食欲を抑えて し まう。 食べる行為がやっぱり好きで、だから、一緒に食べ物を食べる時は相手の一部始終をチェックしちゃう。片手でひじをついてたり、おとを立てて食べる人とはあ まり食事したくない。 テレビを見ながら食事をする人も悲しくなるし、ご飯粒を最後まで食べない人も許せない。 食いしん坊にも食いしん坊なりの哲学があるんだ。 土曜日を楽しみに思える、楽しめるうちは、彼と私に、彼と私という関係がありえるのだろうと思う。 それが、脆く儚いものかどうかは、今の私にはわからない。 |
| 2004.7.17 |
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BBS
によくよく登場するM子は、ちょっとおかしな女だ。 そもそも、なんのつながりで一緒にいるかと言うと、なんのことはない。大学時代四年間続けたバイトがずっと一緒だったのだ。二人とも実家暮らしで、同い 歳。趣味喫茶店読書、大学は小田急沿線くだり方面。出会った当初付き合ってた男はそろいもそろって年上。社会人の彼氏を持つ悩みなんかを語ったものだ。こ れこそまさに縁なんだろうけど、M子とはそんなこんなで急速に仲良くなった。暇さえあればドトール集合、夜は絶叫酒場でほろよう。大学時代は彼女抜きで語 ることは絶対に出来ない。 一緒にいて飽きないだけじゃなくて、一緒にいればいるほどなぞが深まるというか、理解と一緒になぞがやってくる、そんな女だ。 何事もおくさずばりばり進んでいくくせに、もしかしたら自分は「サトラレ」なのかもしれないということを小さい時から感じていたりする。 エロ話が好きで、彼女自身の声とかしぐさもかなり色っぽいのに、どこか分析的なセックスをしたりする。(経験があるわけじゃないけど) 細かいことが好きなくせにおおざっぱ。漢字は読めるけど書けない。男の理想が高いくせに、だめ男が好き。元煙草撲滅委員会会長、現愛煙家。元オタク、現 在 ワンピースの似合う大人の女性を目指す。松嶋奈々子を経て黒木瞳になるのが理想。 親に怒られた記憶はない。M子が悪いことをすると、親は彼女を諭した。だから、彼女自身とても穏やかな部分がある。でも、どっかで、すごく荒っぽいと言 う か、わがままっぽい面もある。人の目をじっと見て話を聞く。よく笑う。困った顔で「バイバイ」と言う。 これだけわかってりゃ充分なのかもしれないけど、いや、こんなのきっと一面にすぎないというか、どれもこれもほんとのM子なんだけど、私はどこかで大き な 勘違いをしているような気もする。 そう、そんな面白い子なんですよ。 普段から世話になりっぱなし。(昨日だって、泣きべそかいた私のそばにいてくれたし。酔っ払ってどうしようもない時にお茶かってくれるし、お金ないとき は 「プチ成金だから」って気持ちよく貸してくれるし、漫画だって何冊もかりっぱなしで、そのわりに、貸してっていわれた本を何ヶ月も貸さずにいる。) だから、今日は感謝をこめて、おもいっきりM子の魅力に迫って見ました。 どうなの、これ。逆効果? (あーそれでもM子は笑ってくれるんだろうな。大好き、M子) |
| 2004.7.15 |
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村
上春樹の「海辺のカフカ」を読み直した。 最初に読んだ時は、切ない、苦しい話だなと思ったけど、今回は「生きるパワー」を感じた。それでも生きる。だからこそ生きる。 村上春樹は高校生の時から大好きで、影響をうけて小説を書いてみたいと思ったり、友達と「春樹語」で話したり、主人公のファッションセンスに毒を吐いて み たりと、かなり楽しんでいる読者だと思う。 彼の作品は、どこか推理小説的なところがある。理不尽な出来事(往々にしてそれは必然的でもあるのだけど)、深まるなぞ、戦い、埋もれそうになる主人 公。 しかし、推理小説がなぞを解明するのが終わりだとしたら、春樹作品はそうはいかない。なぞなんてそもそも無かったのかもしれないし、解明できないようなな ぞなのかもしれない。なんて、「かもしれない」ワールドに引き込まれてしまうからだ。 「海辺のカフカ」に関して。 すごく好きな作品だ。主人公のカフカ君とさくらと佐伯さんは、今までの春樹作品の中に出てくるだれかに当てはめられるようないつものパターン的なところ を 感じるんだけど、それ以外の人物は新しい感じがしてしかもすごく魅力的な人たちだ。猫と話すことが出来るおじいさん。ドラゴンズファンの星野青年。(実は 凄くタイプだ。)実物を見てみたいと思わせる容貌の大島さん。・・・書いてしまうのがもったいないので、詳細は避けるが、読んでない人はぜひ読んでほし い。一週間くらいこの世界にはまれるはずだ。しかも、今はちょうど夏休み前。 カフカ君みたいに、旅に出てもいいかもしれない。 カフカ君みたいに、一人になって、本当の意味での静寂を味わうのはどうだろう。 行動の原動力となる作品は、いつも私を励ましてくれる。 |
| 2004.7.14 |
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昨
日はガッツリ呑みまして、二日酔いです。なんも食べずにビールをがぶ
飲みしたのが間違いの元。でも、楽しかったから良かった。 ゼミの飲み会でした。改めて、うちの学校はすげー面白いやつらが多いな、と思いました。15人弱集まったんだけど、例に漏れず、個性がキラリ。でも、何 が いいって、みんな躊躇しないんだよね。言いたいことを言うし、呑みたいものを呑む。当たり前のことかもしれないけど、媚びずに生きるって難しいことだと思 うんだ。 |
| 2004.7.13 最近考えること |
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どこまでがわがままで、どこからが我慢なのか。 したい思いとされたい思いのぶつかり合い。ケミストリーで生まれるものはなんだろう。 人と一緒にいると自分のことを考える。一人でいると誰かのことを考える。矛盾しているようで、自然なことなのだろうか。 言葉は伝えてくれる道具だけど、一番説得力の無いものでもある。言いたくないことと言われたくないことは同じかもしれない。 ものより思い出。思い出はものに宿る。 こんな時だから、こんな時にこそ、がむしゃらに前に進むほうがいいのだろうか。果たして前ってどっちのことだろう。歩いている方向?その前に歩かなきゃ だめだ。 「ドアを開けてもなにもみつからない そこから遠くを眺めてるだけじゃ」 ブルーハーツはいつも勇気を与えてくれる。これは、私にとって揺るぎのない真実。 それでも体をゆすって笑い、大きな口をあけて人を呼び、頭をかきむしって考えられるだけ、健康なんだろう。 まったく、私ってやつは、なんて贅沢なんだ。 |
| 2004.7.11 |
| 昨日、美容院に行った。一月くらいの日記に、「本当に気の合う美容師さん」と書いた人が七月
いっぱいで遠くに行ってしまうと聞いたからだ。 私が美容院に行くときはだいたい落ち込んでいる時だ。もちろん、「伸びてきた」とか「飽きたから」というのもあるけど、なんだか心が晴れないな、とか、 なにかが足りないな、という時に「そうだ!髪を切ろう!」って思う。こんな性格だから、思い立ったらどこにいても一番近くて安い美容室を探して、切りに いっていたし、カットモデルも声をかけられたらすぐに応じていた。だから、いつまでたっても、「専属」の美容師さんに出会えなかった。 今まで出会った何十人と言う美容師さんもそれなりにいい人だった。例えば凄くおしゃれだったり、かっこよかったり、プロ意識が高かったり。でも、「安ら げる」人には会ったことがなかった。どこか窮屈で、背伸びしてしまうような、そんな空間が美容院だった。でも、可愛くなりたい、とか、変わりたいという思 いを満足させてくれる一番簡単な方法が、髪形を変えることだったから、「安らぎ」は求めていなかったのかもしれない。でも、ここ一年くらい、美容院に行く 楽しみは、この美容師さんに会って話すことが大きな要素となっていて、こんなにわがままを聞いてくれて、率直に物事を言ってくれる明るい人はいないだろ う、と思っていた。 だから、いなくなっちゃうのは本当に寂しい。私は、たぶん彼女に、ただ髪を切ってくれる人以上の思い入れがあったし、大好きなんだ。彼女の優しい笑顔と か、二人でげらげら笑いながら髪形を作ったこととか、思い出すと、自分で感じていた以上に「安らぎ」だったし、私を支えていてくれたんだな、と思った。 だから、昨日は「カット」だけ。もう一回会いたいから、カラーは今度にしてもらった。七月の終わりに本当に最後、会いに行こう。 感謝の気持ちは、結局「ありがとう」にしか乗せられないけど、心の底から思いをこめて「ありがとう」って言いたいな。 |
| 2004.7.10 |
| お
久しぶりです。みなさんお元気ですか。私は、いろいろな環境の変化に心がついていくのに必死な感じです。だから、凹むことも多いけど、きっとその分パワー
もあるんだろう。生と死はいつだって紙一重なんだ。 本やら紙やら洋服やらがちらばった部屋で、扇風機にあたりながらこれを書いています。外はひと夏の命しかないセミが身をおしむように啼いています。 今日はまとめて最近のことを書こうかな。 ここのところバイト先の編集部がばたばたしています。夏休み前なので、仕事が山ほどあって、編集者もわりとてんぱっているので、その分バイトに細かな作 業を割り当てられることが多い。しかも、みなさん外での取材もいっぱい抱えているから、会社で作業を始めるのが夕方からなんです。本来、バイトは7時に上 がるのが決まりなのですが、五時や六時から仕事を始めると終わらないことが多くて、最近はちょっと遅めに帰る日が続いています。それでも私は暇な時より、 忙しい時のほうが好きなので、ストレスはたまりません。けっこう理不尽なことを言われたり、わかってもらえなかったりすることもあるけど、頑張って続けて いれば「信頼」という名の武器を手にすることが出来るから、めげずに働いています。 そうそう、この間久々に「小さい子」(小学生、中学生くらいで、無邪気な輩のことをさす。)と交流しました。前のバイト先のパートの方のお子さんで、女 の子四人!中学三年生、小学校六年生、四年生の双子ちゃん。まさにピーチクパーチクしゃべりたい放題。だれも人の話なんて聞いちゃいません。二時間くらい 一緒にいたんだけど、馬鹿にされるわ、喜ばれるわで正直すっごく疲れました。でも、すっごぉい幸せだったんです。 なんかね、こどもが喜んでくれることとか、はしゃいでいる姿を見たりとか、それがそのまま私のエネルギーになる感じで。単純に私が子どもに近い精神年齢な のかもしれないけど、同年代の人と話している時とは違う面白さがあって、それは時として「最高だな」と思わせるくらいの力を持っていたもんだから、自分で もびっくりした。こんなに子どもと一緒にいるのが好きだったんだ・・・・。 ま、とにかく面白いことはいっぱいあるわけで。 自分の可能性も方向性も八方に広がっているはずだから、頭をこり固めてしまわずに、柔軟な姿勢で取り組もう。 一人になろう。怖くない。耐えなきゃだめだ。ね。 |