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2004 水無月

2004. 6.25

四十二歳の主婦をターゲットにした 雑誌の編集部に、こんな電話が入る。
「今週号読みました。このページに出ている主婦の○○さん、不倫しているんですよ。こんな人を載せる雑誌でいいんですか?」
  私は、雑誌の編集部でアルバイトをしている。一日に二十 本近くは、読者から問い合わせの電話が入る。他の雑誌と比べて、ここの編集部は問い合わせが多い。みんな口をそろえて、「主婦向けの雑誌だからしょうがな いよね」と言う。ただ感想だけを延々としゃべり続ける人や、十年以上前に出た号を調べて欲しいと訴える人。立ち読みをして気になるところだけファックスを 送って欲しいと懇願する人。信じられないと思うような電話が鳴り響く。
 それに対して、バイトはなにも発言は出来ない。「そうですね」とも、「すみません」とも言えない。
「担当のものが席をはずしておりますので、戻り次第こちらからもう一度おかけ直しいたします。失礼ですが、お名前とお電話番号をお聞きしてもよろしいで しょうか。」
「いやです」
「・・・では、また夕方ごろにお電話いただけるでしょうか?」
「・・・・(ため息)」
「・・・・(こっちも黙るしかないでしょ?)」
「・・・この方精神病院にも通っていて。そんな人を載せていいの?事前調査とかしないでのせたってことですよね?○○ってそんな雑誌だったんですか?」
「はあ。私は担当のものではございませんので、分かりかねますので、もう一度お電話をいただけると幸いです。よろしくお願いします。(半ば強制)」

これは、まれに見る困った電話だっ たけど、ほんとこんな感じなの。こっちがわからない、と言っても、そこをなんとかっていう感じで、押してくるからね。もちろん愛読者で、すごく丁寧に、質 問してくる方だったら、こっちもそれなりに考えるけど、「お手元に雑誌はおもちですか」という質問に、半数以上が、「ないんですけど」っていうのが実態。
もう、このパワーを分けてくれって感じになります。
でも、その分だけ反響もあるってコトだから、誇りに思っているのも事実です。
それに、忙しいの大好きだから、電話が鳴り響いて、次から次へと仕事が回ってくると、妙にテンションがあがってしまう。
働くのすきなんだよね。
というわけで、来週もまた仕事に励むわけです。
本業も頑張んなくっちゃね。

2004. 6.15
長崎の事 件を受けて、新聞や雑誌では「ネット教育」について書かれるようになった。
教育の中で、「ネチケット」を広めようというのが趣旨だが、正直な話、これは無理じゃないかな、と思う。大体、授業で教えられたことを鵜呑みにして、その とおりに実践する子は、あまりいないと思うし、いたとしても、そんな子は元から危険ではない。それに、大人の世界でさえ、ネチケットが守られているとは思 えない。
だからと言って、ネットを子どもの世界から排除するのは到底不可能(特にこの事件を受けて、ネットをやったことのない小学生だってあこがれてしまっただろ う。)だと思う。排除しようとすればするほど過激性は増すだろうし。

・・・・という内容の日記を書いて行き詰ってしまったので、ここのところ日記更新できませんでした。あしからず。いつ開いてもこのままなんだもん。そのう ち開くのもいやになっちゃってさ。しかも、下ブッシュじゃん?っていいわけだけど。自業自得だけどさ。
そして、今読んでもこの先を続けられなさそうなので、またの機会にして、今日の日記に進みたいと思います。(6.25)

2004.6.14
ブッシュの写真をパソコンに取り込んだだけで軽くへこんだ。
ブッシュの顔って、鬼みたいだ。牙が生えているみたいにみえる。人面占いとか顔精神分析とか やったら、なにかわかるかな。
支配欲とか、自己中心的とか、暴走型とかでるのかな。

     
なんかこの人の顔見てると能面を思い出すんだよね。いざ、並べてみるとあんまにてないけど、でも般若とか鬼面のイメージ。こえーな。
2004. 6.13
 久々に大泣きした。
 目から熱いしずくがぼたぼたたれ落ちて、息がつまって、わーんって声をあげたら、つき物が落ちたみたいにすっきりしたんだ。
 理由もきっかけもわからない。でも、泣き出したら、すごく気持ちが良くて、体中の毒素を涙に乗せて洗い流している気分だった。
 生きている限り、誰でも、不安とか、悩みとか、悔しいこととか、理不尽なことを感じざるえない。でも、自分の立場や周りの空気を考えると、いつでも泣け るってわけじゃない。子どものときと違って、泣いて解決することなんてないんだから。
 でも、たまった涙を流すことは体にいいことなのかもしれない、と思った。

 安心して泣ける腕の中で、いいこいいこしてもらった。
 何も聞かずにただただ泣かせてくれて、どうもありがとう。
 なんだか大事なことに気がついたよ。ぬくいね。

2004. 6.11
つまらない。いいことないかな。
そういうお前がつまらなくしているんだよ。人生は自分で作っていくんだ。
誰かに楽しませてもらう、いいことに出会わせてもらえると思ったら大間違い。そんなに甘くない。
でも、自分で楽しもうとすればいくらでも楽しくなれる。際限なく笑えるし、充実させられるし、幸せだってたくさん感じることが出来るんだ。
いい?要はやる気次第。というか、思い込み次第なんだよ。自分で自分をコントロールするんだ。
いかにつまらない場所で楽しめるか。これも、すごく大事。
そうすれば、死ぬ前に、「あーやべー自分の人生めっちゃ楽しかったな。」ってにんまり出来るような気がするんだ。
これが私の目標。

2004. 6.9
 私は、一年前にある決意をした。それはライターになるということだった。当時、周りは就職活 動真っ只中で、私自身もリクルートスーツと、エントリーシートに囲まれて息苦しさを感じる毎日だった。ひどく不器用なやり方でしか表現できなかった私は、 社会に媚びることもできず、やりたいこともうまく伝えられなかった。こんなことをして何になるんだろう、自分には他にやるべきことがあるんじゃないか、と いう思いにとらわれて悶々としていた。
 そんな時、お世話になっている大学の先生に、「今は卒業制作をやりなさい。この時代、一生就職活動なんだから、今しかできないことをやったらどうです か?」と渇を入れられた。目の前が晴れた気がした。
 それから約半年(通算一年くらい)かけて、「はたちの出産」というルポルタージュ作品を書き上げた。原稿用紙に換算すると、約450枚になったそれはま さに私の汗と涙の結晶だった。そこから、いろんなことを学んだし、価値観がひっくり返されたし、なにより、取材をすること、文章を書くことの魅力を知っ た。
自分なりのテーマを、自分の足で探し、自分の目で見て、自分だけの言葉で書いていきたい、と思うようになっていった。
 その思いを忘れかけていた。最近じゃ、毎日呑み、遊び、恋をしての連続で、なにから手をつけていいのか、何を今自分はすべきなのか見失っていた。何をや るべきかわかっていても、机の上に並べられた課題の重さに目を背けていた。
 今日。そんな私の生活を、私に渇をいれてくれた先生は見通していたんだと思う。優しい言葉で、厳しいことをたくさんおっしゃっていた。「やら
にゃいかんよ。今しか出来ないことを。絶対それはあなたの人生の基盤になるのだから。もっと文章を書いて、英語を 勉強して、いろんなものを見なさい。なあなあに過ごしていたら、やっていける道ではないんですよ。」
 正直、辛かった。わかっていたんだ。自分の生活のだめだめぶりを。私は、先生がこんなに言ってくれるほどの人間じゃないし、怠け者で、臆病者で、寂しが り屋で、ひとりで立てない愚か者なんだ、と叫びたかった。
 でも、どこかで、そんな私を嫌いだから、このままでいいはずはないと思った。
 その帰り。このまま家に帰ってもきっとうだうだして後悔するんだろうなって考えた。だからといって、ここで誰かに甘えて、現実から目を背けてしまった ら、きっともう這い上がって来れないような気がした。

 だから、図書館に行って、ずっと読みたかった久田恵の本6冊と、田口ランディのまだ手をつけてない本を一冊選んで、(ものすごい重かったけど)うんこら しょと自宅に帰った。
でさ。
 やっぱりすごいよ、本は。がむしゃらに読みふけっ てしまったけど二人の女性パワーに圧倒されて、俄然やる気になってしまったんだから。
 二人とも文章がすごく素直で、攻撃的で、斬新で。悔しくなった。こんな風になりたいって思った。
 彼女たちは現実を直視しているんだ。
 私もちゃんと見つめなきゃ。めんどくさいとか、瞬間的に楽しいことを追い求めたりするんじゃなくて、堅実に、確実に、一歩一歩。
 もう甘えている時期は過ぎた。遅いくらいだ。

 雨のち晴れ。明日の天気なんて知らないけど、知らないからこそ進めるパワーがまだ私にはあるんだ。

2004. 6.8
第二弾

 頭から離れない「小学六年同級生殺人事件」。
 第一弾で書いた文章は、「異常性を感じられない」という結論に至ったが、今日何人かの人と話しているうちに疑問がいくつかわいてきたので、書いてみよう と思う。
この事件、「思春期前の女の子の特有のいがみ合い」というものに焦点をあてて考えているのは、私自身の経験がそうさせているところがある。しかし、いく ら、女の子特有のそれがあったとしても、人を殺すと言うところまで、私自身が至れたか、という問題がある。
 下記にあるが、当時の私は、人の死まで考えたことは無かった。虫や動物が死んだだけでも悲しかったし、ブランコから落ちて頭を打った友達を心から心配し た。死に対する、漠然とした悲しさや、恐怖は当たり前だと思ったし、「なぜ人を殺してはいけないか」なんて、答えを求めもしなかったし、いけないものはい けないとしか思っていなかった。なんの根拠もない。(今でもそれは変わらない。死について論理的である必要なんてないし、感情論で話してはいけないなんて ことは絶対にないと思っている)
 六年生の頃、クラスで、悪ふざけの好きな男子が、もの静かな男子を中傷した。その時、その静かな男子は、キレた。彫刻刀を振り回し、階段まで追い詰めた 後、相手に向かって、いくつもいすを投げつけた。真っ赤な顔で、100パーセント怒りに支配された彼を見て、ぞっとしたのを覚えている。結局、先生が仲介 に入り、何事も無かったかのように、午後の授業が始まった。
 私が初めて見た、「人が人に殺意を覚えている」瞬間だった。
 だが、これは、怒りが沸点に達し、コントロールの聞かなくなった状態だ。
計画性はない。
 しかし、加害者の女子は、この殺人を四日前から計画していたという。
 カッターナイフを用意し、持って、親しい人を血まみれにし、息が絶えるのを見届けたのだ。
 彼女と私は何が違うんだろう。
 まず、私が小学生の時は、一つの思いを四日間も持続させられなかった。毎日が新しい日だった。毎朝が新鮮だったし、夜は疲れて寝てしまうから、そんな余 裕が無かった。
 人を殺す映像と言うのが頭の中に無かった。
 仮に「でぶ」と言われても(最近よく言われるんだけどさ。)ぷんぷん怒ってそれで消化していた。
 交換日記や、手紙、陰口、ハブ。もちろん巻き込まれたし巻きこんだけど、殺したいとは思わなかった。
 なんなんだろう。なんでだろう。どうして?


「彼女は、酒鬼薔薇のように、心になんらかの闇をもっているのではな いか」
「映像とか、漫画とか、視覚的なものをたくさん見すぎなんだ」
「被害者の女の子に対する、擬似恋愛的なもの」

 この三つは、それぞれ別の人物の見解だが、どれもこれも納得がいく。そしてどこかでそうであって欲しい、と思っていたりする。
 でも、私はどうしても答えを出せないでいる。下に書いた段階では、なんとなく「違和感がない」という結論を出してしまったが、半日たった今、違和感で いっぱいになっているのだ。
 この事件、私なりに、情報を集めてみようと思う。
 あなたが小学生の時はどうでしたか?人を殺したいと思ったことがありますか?ナイフを持ってぞくぞくしたり、血を見てみたいと思いましたか?
 今の小学生と、私たちが小学生の頃って何が違うんでしょう?
 問題は社会?家庭?学校?彼女自身?・・・全部?問題なんてそもそもないの?
 どう考えるか、もし思うことがありましたらBBSまで。

2004. 6.8
第一弾
 1日。長崎県佐世保市で小学6年生の女子が、同級生をカッターナイフで殺すという事件が起 こった。ネット上でのトラブル、テレビドラマに影響をうけたなど、ひたすらに答えを探してマスコミをはじめ、日本が反応している。その中でめぐりめぐる疑 問の中には、なぜ、この歳で。なぜ、仲良しの二人が。なぜ、女子が。というものが多く含まれている。
 そういう言葉を見るたびに、私は自分の小学校の時を思い返さずにはいられない。学校が大好きで明るく元気だといわれていたし、自分も信じて疑わなかった けど、一時期本当に学校に行くのが怖かった。それが、小学校四年生のときだ。
 無視、交換日記、嫉妬、悪口、陰口、不幸の手紙。「調子に乗ってる」「生意気」。ターゲットは一人。だが、ローテーションだった。昨日は、あの子が攻 められて、今日は私かもしれない。そして、攻められないときはホッとしているわけではない。攻める側に徹さなければいけない。その徹
し方もやりすぎず、まわりから浮かないように慎重に立ち回る。仲間は、常にターゲットを探して いた。もちろん私も。
 去年まであんなに仲良くじゃれあっていたのに。悩むこともなく、笑い、遊びまわり、泥んこになっていた日々がとてつもなく愛おしかった。そして、変わら ず に笑い転げている男の子がうらやましかった。
 毎日、学校に行く前に、仏壇の前で手を合わせて、「今日は無視されませんように。」と健気に祈っていた。
 でも、みんな仲が良かった。そのグループの仲間とみんなで遊びに行くこともあったし、一緒に学校に登校している子も、放課後になると必ず遊ぶ子もいた。 でも、「ハブ」はなくならなかった。
 今でも思い返すと曇りの日みたいなイメージしかわかないあの頃。
 初めて他人を怖いと思ったし、孤独になる恐怖を味わった。他者の目を恐れ、人に合わせる自分の汚さを恥じた。
 傍から見たら、「子ども」で、悩みもたいしたこと無いと思われていたかもしれないが、必死だった。自分を保つのに精一杯だった。
 この頃の私にとって、学校の仲間はすべてだった。他の世界があることなんて知る由もない。そして、自分がなにものなのか、考えたことも無かった。宙ぶら り んの状態で、しがみついていたのだ。
 今考えると、危険な状態だったのだと思う。だからと言って、あの頃「殺す」とか、「死にたい」なんて思わなかったし、人の命について考えたことも無かっ た。
 でも、もし、今の時代に小学生だったらどうなっていただろう。あらゆる情報に囲まれ、コミュニケーションの手段が「話す」意外に山ほどあって、ゲーム や、テレビを際限なく与えられていたら。
 偉い人たちや、大人は、「現代社会だから起こった。ネットコミュニケーションの危険性を考え直す」と締めくくろうとしている、この事件。
 確かに、そういう一面もあるだろうと思う。
 でも、小学校高学年の女子の陰険さというのは、いつの世もかわらずあるのだ。変えることのできない、女の性なのか。
 加害者の女の子の、「家庭環境」とか、「趣味」を掘り起こして問題定義しようとしている人もいるが、それは、その人が安心したいからではないか。「異 常」とすることで、自分とは切り離して考えられるからだ。
 でも、私は、この事件から「異常さ」を感じられない。むしろどこかで自分もそうなっていたのではないか、という恐怖があるのだ。

2004. 6.1
これがあたし流
 私は人の好き嫌いがわりとはっきりしているほうだと思う。でも、女の子だと手のひらを返すのも 早い。第一印象で嫌いと思っても、ちょっとたつとすごく好きになったりするから。逆もしかり。だから、女友達って、絶妙のタイミングが必要だし、そう簡単 に本当に親しくなることが出来ない。
 でも、男の人に関しては、第一印象がすごく大事。私ってば、やらしい女だけど、たぶん常にチェックしてるんだと思う。しぐさとかしゃべり方とか、考えて いることとか、もちろんファッションも。印象の悪い人には毒吐きまくり。いい友達になれそうと思った人とは、ぼけ、もしくはつっこみをしてみる。そして、 素敵だな、と思った人は、とりあえず・・・あれ?どうしているんだろう。たぶんそれなりに女の武器を使っているのかなぁ。やらしいな、あたし。
 いいな、と思った人には手を抜かないから、たぶん好かれた人は怖いだろうと思うよ。なにかとその人の前に出現するし、強引にデートに誘うし、飲み会とか あったら、隣は基本的にキープするし。(自分で書いてて自分が怖いよ、私は。)
 人の一ヶ月が、私の一週間だから、展開も速いし、告白も速攻だし、必然的に諦めるのも、次の人に移るのも超マッハ。
 聞き役の周りの友達が唖然とするほど。どんどん進んで破滅型(笑)
でも、それが私のやり方で、おしとやかになんてできないし、我慢もかけひきもできないから、それで落ちない男の人は付き合ってもうまくいかないってことよ ね?
それでも、いつかあきらめきれない恋に出会うのかなぁ。それとも一生こんな感じですぱすぱ切り捨てていくのかなぁ。10年後の私がどうなっているか、今か ら楽しみ。




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